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【シティライフインタビュー】 松本 零士さん

2013年10月20日


漫画家
松本 零士 さん

【シティライフインタビュー】 松本 零士さん


『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』で日本のアニメブームを確立した松本零士さん。果てしない宇宙のロマンと若者の不屈の心を描き出し、今なお、少年の心に夢と憧れをかきたてる。
9月には『キャプテンハーロック』の映画化が話題に、また練馬区光が丘で開催の「ロハスフェスタin東京」でロハスフェスタ名誉大使にも就任いただいた。
画業60周年、75歳にしてますます意欲盛んにペンを握り、夢を追うその情熱の源を探った。


泣くことは恥じゃない、あきらめることが恥だ。



同じ時代を生きた漫画家たち ここからアニメの灯がともった

―同じ時に同じ映画を観ていた手塚治虫氏との運命の接点

高校卒業後、本格的に漫画家として活動するため上京した際、まず訪ねたのが「トキワ荘」でした。そこには手塚治虫さん、藤子不二雄さん、赤塚不二夫さん、そして私と同年同月同日生まれの石ノ森章太郎氏らが住んでいたのですが、その時は安孫子(藤子不二雄A)さんだけが在宅中で、「おお、キミが松本くんか」と出迎えてくれたのを今でも鮮明に覚えています。 

既に地元で漫画家として活動し、手塚さんが九州に来られた際に手伝いをしたこともあったので、皆さん私のことを知っていてくれたようです。中でも手塚さんとは不思議なご縁があって…。5才の時に『くもとちゅうりっぷ』を映画館で観てアニメのとりこになったのですが、これが昭和18年、明石で一週間だけの上映でした。ところが同じ日、同じ時間に15才の手塚少年もこの映画を観ていたということが後に分かりましてね。5才と15才、後の漫画家が同じ画面を観ていたのですから、不思議なものです。

実は、手塚さんの鉄腕アトムの試写用フィルムは私の映写機で編集したんです。夜中に電話がかかってきて「助けてくれ、映写機が壊れた!」と。それで車に映写機を積んで走って、明くる日の試写会に何とか間に合わせました。手塚さん、石ノ森氏、私の三人で「自称三大アニメマニア」なんて言って、三人でフィルムや機材を貸し借りしたりね。面白い時代でした。

何のためにこれを描くのか…
「男おいどん」で目覚めた目的意識

―テーマやメッセージ性の強い作品が多いですが、デビューから現在に至るまでの変化は?

デビューは15才。高校一年の時に描いた『蜜蜂の冒険』が、「漫画少年」という雑誌で新人王を受賞しました。それ以来、自力で学費を稼ぐために、小学生毎日新聞に連載やら読み切りやらをたくさん描いていました。でもその頃は、面白いものを描こうという気持ちばかりでした。そんな私に作品創作の目的意識を与えてくれたのはインキンタムシなんですよ(笑)。東京の下宿で流行っていて、でも恥ずかしいから薬屋にも行けず…。そんな時、新聞に「白癬菌(はくせんきん)俗にタムシと言う」という記事が出ましてね、学名なら恥ずかしがらずに言える。早速薬屋で「白癬菌の薬をください」と大声で言って薬をもらったら一発で治りました。そのときにハッと気づいた。悩める同士諸君を助けよう、と。それで『男おいどん』にこのエピソードを入れたんです。そうしたら読者からの反響が大きくて、手紙を沢山もらいましたよ。「おれの未来は明るくなった」なんて。それ以来、作品には必ずテーマを持たせています。例えば『銀河鉄道999』なら、「限りある命だからこそ、精一杯生きる」。機械の体になって永遠の時を生きるよりも、それが何よりも尊いことだと伝えたかったんです。

あきらめず夢を追いかける覚悟を決めた人生の旅立ち

―ロハスフェスタ名誉大使にも就任いただきました。読者へのメッセージをお願いします。

誰でも生涯に一度は決断の瞬間が訪れる、その時に旅立つかどうかで運命が決まる。自分のやりたいことが現れたら、覚悟を決めてそれを目指せ、と言いたいですね。私自身も1957年、画材道具だけを持って、小倉から東京行きの汽車「C62」に飛び乗った。死んでも帰らない、という覚悟で。『銀河鉄道999』のオープニングで、汽車が線路を越えて走って行くでしょう。あれはまさに、私自身の旅立ちのイメージ。覚悟を決めた人生の旅立ちなんです。『泣くことは恥じゃない、あきらめることが恥だ』。この言葉どおり、私もまだまだ夢を追いかけている途中。「零士」の「ゼロ」は無限大、刀をペンに持ちかえた、終わりなき侍という意味。旅はまだ終わっていないのです。 

この秋、東京で開催されたロハスフェスタで、宇宙を愛し、地球を愛し、環境を守る大切さを伝えたいと、ロハスフェスタ名誉大使をお引き受けしました。私はこれからも作品を通じて、若い人たちに無限の可能性があることを伝えていきたいですね。



【Profile】
【シティライフインタビュー】 松本 零士さん
●まつもと・れいじ 1938年(昭和13年)、福岡県久留米市生まれ。1954年『蜜蜂の冒険』で「漫画少年」第一回長編漫画新人王賞を獲得しデビュー。1972年『男おいどん』で第三回講談社出版文化賞受賞。その後『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』、『宇宙海賊キャプテンハーロック』など多数のヒット作を生み出す。紫綬褒章、旭日賞、フランス芸術文化勲章(シュヴァリエ)など多数受賞。現在、日本漫画家協会常務理事、㈶日本宇宙少年団理事長、宝塚大学教授など、多くの役職を歴任している。練馬区名誉区民。

 

〈取材を終えて〉------------------------------------------------------------------ 
たっぷりのユーモアを交えて、楽しいお話を聞かせてくださった松本先生。先生がお住まいの練馬区・大泉学園駅(西武池袋線)の発車メロディはもちろん「銀河鉄道999」。まさに旅立ちの曲ですね。

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Posted by 北摂・阪神の情報紙シティライフ at 10:00│Comments(0)シティライフインタビュー
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